時折、胸の奥深くから沸き上がる衝動がある。
それはどうしようもなく強烈で、「ひとりになりたい、ただすべてから離れたい」という叫びだ。
仕事の絡み合った人間関係から物理的に距離を置きたい。次々に届くメールやスラックの通知から解放されたい。そして、できることなら、人間界そのものを抜け出し、自然の静けさの中で、自分という存在を見つめ直したい・・
けれど、都心に暮らす私にとって、この欲求を完全に満たす場所は容易には見つからない。箱根や那須塩原、草津―名高い温泉地は数あれど、どれも自宅から絶妙に近すぎる。関東圏の地平はどこも似た景色を映し出す鏡のようで、風景が変わらないなら、移動した感覚も薄れてしまう。逃避の旅には、「不可逆な一歩」が必要だ。帰ろうと思えばすぐ帰れる場所では、ただの日常の延長でしかない。
そんな多少の苛立ちを抱えながら、自宅に積み重なった温泉雑誌をめくり、検索を重ねた。そして、見つけたのだ―岩手県花巻温泉郷の「藤三旅館」。山深い奥地に佇む、少し寂れた素朴な佇まいの日本家屋。しかも全室24部屋程。ここならきっと静けさが約束されている。さらに決め手となったのは、推薦者のひと言。「こんな温泉を探していた、やっと出会えた」。
期待に胸を高鳴らせながら、じゃらんを開くと、なんとあさってから2泊分の空きがある。これはもう運命だろう。気づけば、キャンセル料が既に発生するタイミング。少し逡巡しながらも、最後は「えいや!」と勢いで予約ボタンを押した。
こうして急遽、花巻への旅支度を整えた私。心の奥底から湧き上がった「ひとりになりたい」という声に応えるため、私は北の山奥へと向かうことになった。

6月23日正午、東北新幹線やまびこで大宮から新花巻へ向かう。所要時間は2時間40分。平日ということもあり、乗客はまばら。
東北新幹線のシートは落ち着いた色合い。控え目で穏やかな雰囲気が、山奥に向かう旅情をそっと引き立てる。

普段、新幹線の旅といえば最長でも新大阪までの2時間半がせいぜい。それに慣れた身には、2時間40分の東北新幹線の旅はやや長く、腰に少し痛みを感じつつも無事到着。
駅に降り立つと、粋な演出が。暖簾ひとつで、温泉旅のはじまりに特別感が増す瞬間だ。

巨大な新幹線駅前の、がらんと閑散とした広場に出る。花巻温泉郷を巡る1日3便ある無料シャトルバスを、しばし待つ。

無料シャトルバス、到着。藤三旅館のある鉛温泉郷へは、約55分のバス旅。公共交通派にとっては、大変有難い。

宿、到着。期待通りに、鄙びている。

湯舟は全部で4つ。藤三旅館名物の立ち湯は、白猿の湯だと教えてもらう。

チェックインを終え、早速、白猿の湯へ。入口を開けると、階段、脱衣所、湯舟までが仕切りなくシームレスに繋がった空間が広がる。1.25mの深さのある立ち湯は限りなく透明で、湯底の小石がはっきり目に取れる。下からはぷくぷくと温泉が湧いていて、源泉がそのまま湯舟に供給される、いわば「生温泉」だ。もちろん、源泉かけ流し。熱さもあってか、湯の力は強烈で、真っ向勝負してくるタイプ。そのパワーに圧倒され、10分の湯浴みが限界だった。

夕駒。孤独を好むが孤立は避けたい私にぴったりの半個室形式。お膳の奥にある花巻名物の白金豚の鍋は絶品で、スープを飲み干してしまった。
この晩、布団に身を沈めると、いつの間にか朝が訪れていた。不眠が続いていた中、久々にきちんと眠れたことが嬉しくてたまらなかった。

朝7時。男女別の露天風呂へ。湯のすぐ下には、豊沢川がゴンゴンと流れている。川の音、初夏の日差し、そして緑の芳醇な香りが心地よく重なる。

好きな時に風呂入って、よく寝て、丁寧に作られた食事をいただいて・・そんな日を2日間繰り返し、あっという間にチェックアウトに。帰りも宿の方に、新花巻駅まで無料送迎していただいた。

途中の花巻駅でSL銀河を眺めるの図。花巻と釜石を繋いでるそう。
このまま釜石まで行ってみたいな。明日、仕事なければ、よかったな。

徐々に都会のリズムに慣らすリハビリの必要性を感じ、途中下車して仙台で牛タン太助に立ち寄るの図。
薄め・やや硬めで武骨な感じが美味。厚めプリプリの利久タイプも良いですけど、こちらもまた良いですね。
藤三旅館、程よい放って置かれ感で、非の打ち所がない泉質で癒されました。数週間続いた不眠がぱたっと止んだことは思いがけない喜びでした。鉛温泉の湯の力が効いたのかもしれません。
昼は仙台や平泉に立ち寄る、宮沢賢治の文芸に触れるなどして、疲れた夜は鄙びた環境でゆっくりしたい人にもうってつけでしょう。とにかく静かな環境にある宿で、徒歩距離の周囲には何もないため、じっくり内省したい方にも向いています。
湯巡り記は、ここまで。
藤三旅館の廊下は赤絨毯で、昭和の趣深さが残り素晴らしかったです
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文才ありすぎ!