熊本人吉温泉 公衆浴場:夏休みを取り戻したい、温泉付きで。

時折、胸の奥深くから沸き上がる衝動がある。それはどうしようもなく強烈で、「夏休みを取り戻したい」という叫びだ。


9連休という響きに胸を躍らせたのはいつのことだったか。目の前の業務に追われ、計画を立てる余裕などどこにもなかった。休みになれば自然と行き先が浮かぶだろう──そんな甘い期待は、休暇初日の朝にあっけなく砕け散った。無計画のツケは容赦なくやってくる。朝昼晩のリズムも曖昧な日々、YouTube鑑賞と惰眠が交互に訪れるだけの退屈な時間。そんな日々の果てに、気づけば連休は残り2日に。焦燥感が胸を突く。このままで終わりたくない・・

せっかくの夏休み、遠くへ行った気分を味わいたい。急いでiPhoneを手に取った。Jet Starのサイトを開き、片手には国内旅行のガイドブック。頭にあるのは、とにかく『遠くて夏らしい場所』という漠然としたイメージだけ。ページをめくる手が止まったのは、熊本県人吉市。るるぶ九州、熊本市内からのエクスカーション先としてひっそりと紹介されたその地。球磨川の清流、風情ある街並み、そして「源泉かけ流しの公衆浴場が点在」という一筋が決め手になった。

こうして急遽、人吉への旅支度を整えた私。心の奥底から沸き上がった「夏休みを取り戻したい」という声に応えるため、私は西の山奥へと向かった。

8月、Jet Starで鹿児島空港に降り立ち、乗り合い直行バス「つばめ」に揺られ2時間強、人吉駅に降り立つ。人吉城を模したからくり時計。白塗りの上品な駅の佇まい。落ち着いた雰囲気に包まれる。

観光案内所で、市内散策にはレンタサイクルをお勧めされる。4時間500円。
レンタサイクルの貸し出しスポットは市内各所に点在しているが、特に便利なのはくま川鉄道。駅直結という立地がありがたい上、価格も最もリーズナブルだ。

気付けば時刻は昼近く。夏休みの冒険を前に腹ごしらえに、上村やの鰻を喫食。

西日本ならではの蒸さずに地焼きされた鰻。外側が香ばしく、厚みも十分。これまで味わった鰻の中で間違いなく一番の美味しさだった。

腹ごしらえの後、まずは公衆浴場でリフレッシュ。そして、真夏の盆地・人吉の暑さに、数分外に出るだけで汗が流れ落ちる。そんな中、上村やからほんの1-2分の距離にある新温泉へ。

風情溢れる脱衣所には、どこかぞくぞくするような味わいがある。古さがにじみ出ているが、それがまた魅力的で、隅々まで丁寧に磨かれた床がその歴史を感じさせる。

湯浴み。42度程度と熱め、深め。大きな石がくりぬかれた浴槽。昼過ぎだからか、貸切状態で使わせていただいた。もちろん、源泉かけ流し。

火照った身体を冷まそうと、レンタサイクルで漕ぎ出す。5分も進むと、突然、球磨川が目のまえに広がった。透き通る水、向こう岸に威風堂々とそびえる人吉城跡。緑、石、青空──まさに夏休みの三原色が織りなす美しいコントラスト。久石譲のSummerがこれ程似合う風景は、あるだろうか。

球磨川、別アングル。川の流れに沿って自転車を疾走させるその瞬間、まるで子供の頃の夏休みが蘇ったような気分になる。圧倒的、長閑。

繰り返すが、真夏の盆地・人吉の暑さは想像以上に厳しい。夏休み気分を楽しみながらも、背中にしたたる汗を今すぐ流したい──そう思っていた矢先、球磨川を渡り切ったところで発見したのは、公衆浴場その2、堤温泉。

堤温泉の軒先にレンタサイクルを停車。トタン造りが良い感じ。

ふと見ると、入口上に掲げられた「適応症」の看板が目に入る。その文字が、温泉の質に対する確かな自信を物語っているようで、期待が自然と高まる。

入湯。渋い、渋すぎる(褒めてます)。浴槽は少し黒ずんで古びた印象もあるが、いやいや、浴槽の中も外も、隅々までピカピカに磨かれており、ぬめっとした箇所はどこにもない。温度は43度くらいだろうか。ぱきっと熱い湯に身を浸すと、一気に汗が流され、心地よい解放感が広がる。もちろん、源泉かけ流し。そして、入湯200円。近代日本にこんな世界線があったのか。

源泉かけ流しを2回堪能し、心地よい疲れが身体を包む。涼を求めて、駅前の物産館へ足を運ぶ。

お土産に選んだのは地元名物の『ゆべし』。ゆずとみそを練り合わせた、まさにこの地域ならではの保存食。その独特な風味が、故郷の味として心に残る。

人吉温泉郷は、レンタサイクルでさっと回れる範囲に、地元の人々に愛され続けるレトロな公衆浴場が20軒以上も点在している。観光地化されすぎることなく、どこか懐かしく、温かな雰囲気が残るその空気感が、心地よい余韻を与えてくれる。

球磨川の雄大な自然に包まれ、温泉、グルメ(特にうなぎ)、静けさが絶妙に調和したこの場所。まるで、理想の夏休みがそこに凝縮されているかのよう。レンタサイクルで風を切りながら巡ると、どこか子供の頃を思い出させる自由な感覚が蘇り、大人の夏休みにぴったりの場所だと実感した。

湯巡り記はここまで。

2020年豪雨災害から徐々に復興しつつあるようです。

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